一番重要な文章

幼い子どもが泣きわめいていくらなだめてもいっこうにらちがあかないとき、乳母はよく、その子の性質や好き嫌いについてまことに気のきいた推測をするものだ。遺伝まで引っぱり出して、もう父親そっくりだなどという。そんな心理学的な試みをつづけているうちに、ついに乳母はピンを発見したりする。ピンがすべてのほんとうの原因だったのだ。
人がいらだったり、不機嫌だったりするのは、あまり長いあいだ立ち通しでいたせいであることがよくある。そういうとき、その人の不機嫌に対して理屈をこねあげたりしてはいけない。椅子をさし出してやるがいい。行儀作法こそが第一だと言ったタレイランは、かれが考えたより以上のことを言ったことになる。人の気を悪くすまいという心づかいから、かれはピンをさがし、ついにそれを見つけたわけである。今の外交官はだれも、産衣のピンのつけ方をまちがえている。そこからヨーロッパのいざこざがもちあがる。そしてだれも知ってのとおり、ひとりの子どもが泣きわめくとほかの子どもたちも泣きわめくものだ。もっと悪いことには、泣きわめくために泣きわめく。乳母たちは、職業がら、心得たもので、子どもを腹ばいにさせる。こういうふうにすればすぐに気分も変わり、身のこなしも変わる。これこそあまり高いところをねらわない説得術である。
(アラン「幸福論」より)